握っていいの?

 

 

こんにちは、ゆうきゆうです。

 

 

 

 

「自分の母親や妻が握ったおにぎりは、普通に食べられるのに、友達のお母さんが握ったおにぎりは、何故か抵抗がある! これってどういうこと?」

 

 

 

 

と、いうわけで、今回のテーマは、

 

「ひとんちのおにぎりでも、抵抗なく食べられる?それとも食べられない?」です!

 

 

 

あなたは人のうちのおにぎりを抵抗なく食べる事ができますか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まずい・不潔」などの理由ではなく、なんとなく食べられない。」

 

「おかずはOKでしたが、特におにぎりに抵抗がありました。

 

 ただし、めちゃくちゃきれいなお母さんが作ったものなら、食べられる。」

 

 

 

 

 

 

 

さて、これはどういうことなのでしょうか。 

 

これらは2つの方面から分析できると思います。

 

 

 

 

まずひとつ目。

 

 

たとえばヤクザの男性がいたら、なるべく近づきたくないと思うはず。

 

心理学的に、人間の感じる心のナワバリを、『ボディ・ゾーン』と言います。

 

これはヤクザのボディ・ゾーンに侵入してはいけないという心理が働くからです。

 

 

同じようにヤクザの男性が車を運転していたら、その車にはなるべく近づかないようにするのではないでしょうか。

 

その車にも、ヤクザのボディ・ゾーンが適用されていると感じるからです。

 

 

 

 

握ったオニギリも、ボディ・ゾーンの一種と考えられます。

 

ある意味、それを通して、その人の体などを食べたり、触れたりするのと同じわけです。

 

 

ですので食べられない人は、かなりボディ・ゾーンの意識が強い人。

 

逆に食べられる人は、あまりボディ・ゾーンを意識しない人。

 

 

 

 

「あの人って、近寄りがたいよね…」と思われがちな人は、自分自身のボディ・ゾーンも、あまり侵害されたくないと考えている人、つまりボディーゾーンの意識が強いので、おにぎりが食べられない確立が高いのでは?

 

 

「あの人って、なれなれしいよね…」と思われることもある人は、どんな人のおにぎりもOK、ということ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2つ目は脳の優位面からの分析です。

 

 

 

 

 

 

 

左脳優位型(論理型)

 

 

別に汚くないじゃん。病気になるわけでもないし。

 

だから食べられるよ。

 

 

と思うタイプ。

 

論理的に物事を考え、その通りに行動できる人です。

 

 

 

 

 

 

 

右脳優位型(イメージ・感情型)

 

 

食べる ← しかしそれは、その人が手で触れたもの。

 

すなわち食べることは、その手に対する間接愛撫と同じ!

 

 

そこまでイメージしてしまいます。

 

そのため論理的思考に感情が勝ってしまい、食べることができません。

 

これがやや強くなると、不潔恐怖などになるかもしれません。

 

 

電車の中でつり革を触ることができなかったり、一日に何度も手を洗ってしまったりです。

 

 

 

 

 

 

 

いかがでしょうか。

 

 

ちなみに中国の人が日本に来ておにぎりを出しても食べないのは、冷えたものを食べる習慣が無いからで、女体盛り幕の内弁当だったとしても食べません。

 

 

食べないんじゃないかな?

 

 

多分食べないと思う。

 

 

ま、ちょっと聞いてみたいものですね。

 

 

 

それではまた次号。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イラスト… 桐生らんこさん